森のようちえんピッコロ   スタッフと保護者の    ブログ


by mugihause

転がるころがる 2

先日、坂道を転がっていた子ども達
またまた後日、転がっていたので、どうなんだろう?と思い
先生も私も転がってみた
「きゃーっ!」
転がることで精一杯
顔に土がたくさんかかるし、口に入るし、目に入るし
とてもじゃないけど、落ちている枝や木を見ることなんて出来ない
しかも
子ども達とは転がるスピードも違う
なんで、あれだけのスピードがでて止まったり、枝を手で払いよけたり、向きをかえたりできるんだろう?
だれも何も言ってないのに

やってみて
どれだけ子ども達がすごいかと言うことがわかった

まなみ
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# by mugihause | 2011-01-29 23:13 | ピッコロスタッフ日誌
今日、帰る時、駐車場に行きました
駐車場には大きな岩があります、
その下で、腰に両腕を当て
『そう!がんばれっ!そう!がんばれ!そうっ!そうっ!』と言うGちゃん(6才)
またまた、腰に手なんて当ててもう〜偉そうに〜何やってんの???覗き込むと、
そこにはZちゃん!!!!!岩登りに挑戦しています!!全身の力を振り絞り、顔を真っ赤にして、岩を登っていきます、
それを下から「よしよし、頑張れ!」と見守っていたのが、Gちゃん(6才)それは、アニキの姿でした、アニキに見守られ、Zちゃんはずり落ちそうになりながらも、登ろうとします
まだ,上手く登れません、、、
アニキはこの大きな岩に余裕で登れるのです、アニキ!本当にカッコイイです!小さい子がアニキに憧れて、そして、小さい子にちゃんと教えてやれるアニキ!
本気で、登ってみようとしてるZちゃん(3才)こんなにマジなZちゃんの顔を私は見た事ありません、一瞬息をふっと飲み込みました、
Zちゃんのあの顔が今も頭の中を周ります、かっこ良かったと簡単に方付けてはいけない気がする、凄い、気迫に包まれていました
カッコイイ★アニキと、カッコイイ!Zちゃんの空間には、私は入れませんでした
アニキは私を見て一瞬ニヤッとしましたが、それだけ、、、
アニキは4月で小学生になる、アニキが居なくなる日を小さい子達はどんなふうに思うのかな?
二人共凄くかっこ良かった!好きになりそう、、、
スタッフ/タカダ
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# by mugihause | 2011-01-26 23:38 | ピッコロスタッフ日誌

転がるころがる

今日は森の入り口付近で遊ぶ
陽のよく当たる斜面
子ども達は暖かい場所をよく知っている
そこは何もない斜面
ただ楽しそうに楽しそうに、ころころ転がっていく
森なので木にぶつかったり、落ちている枝が目に刺さったりしないか心配になり見ていると
子ども達は転がりながら上手くよける、手が出る
寸前で方向を換える
そしてGちゃんが私のほうにすごい勢いで転がってきた
私の目の前に枝が落ちていて
すごい勢いなので刺さる!と思った私は
これはよけないと、と枝に手を出した瞬間
Gちゃんが自分でよけて私に体当たり!
す、す、すごい技~びっくりすぎてひっくり返ってしまった!
見えている!
転がりながら枝を見ることができるなんて・・・
子どもはどこまで見えているんだろう
危ないと危険を察知する力
毎日なにもない所でこうやって大きくなっている

まなみ
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# by mugihause | 2011-01-26 02:13 | ピッコロスタッフ日誌

「キレイ」と言う言葉

先日の事がずっと気になっているのです
川の神様の所へ新年のお供えしたので、お供え物がどうなっているか見に行きました
目的の川に行く途中の小川で(ちょっとややここしいのですが、、)氷が流れに沿って凍っていて
その間を透明の水が流れ、時々光りの反射で「ピカッ」とそれはキレイに光るのです、
その光の色が赤色で、太陽の光と水の流れと何かが合致した時、奇跡みたいに赤色に光るのです
それを見つけた私は『きれ〜〜〜い』と大興奮してしまいました、

今まで見た事のない光で感動だったのです、でも、、、なんか一人盛り上がりと言うか、、イケテナイかな?って気もしたり、でも、その感情を押さえる事ができなくて『きれい!』と盛り上がっていた私に少し違和感も感じつつ、、、
その後、、、
川の神様のお供え物を見に行くと、お餅は、獣が食べたか、神様が本当に食べたか無くなっていました
Kちゃん(3才)が持ってきてお供えしてくれたバナナが黒くなっていました
そのバナナの皮を久美子先生がペロっと剥きました、その中から出てきたのは、黒くなったバナナの実でした、

キレイな光に照らされてバナナの蜜のなのか?繊維なのか?黒くなった実の隙間がキラキラ光るのです、それが又、、、凄くキレイで!
つい又、『キレイ〜』と言いそうになって何故か?その時その言葉を飲み込みました
そしてボソっと『光に照らされると何でもキレイに見えてしまう、、でも、キレイって言えないです』って久美子先生の隣で呟いてしまいました

何故?私はキレイだと言えなかったか?バナナが古くなっていたから、「キレイ」だと言ってる場合でもなかった事も1つ理由です
でも、まだあるような気もしていました、さっきの氷の光の事も気になっていました、、、
久美子先生)『そうですね、キレイと言ってしまうと大人が決めてしまう事になりますからね』と言いました、
久美子先生の言葉をずっと家に帰っても考えていました
まぁいいかぁ〜となかなか流す事は出来なくて、何故か気になり考えていました

子供がどんなふうに感じるかを大切にする事が一番大切な事だったと気が付きました
氷が光って本当にキレイだった時、子供達とその「不思議な光」を共有したい時、『わぁ!光った!』とか『あれ!なに?』とか、そんな言葉で同じ物を見て、
その後、子供達からの思いを待つ事が大事だったかなぁと思いました、「キレイ」と言う言葉が無くても、凄い!あの赤い光を見て、無言だってよかったのだと思いました、

私が「キレイ!」と大興奮しなければ、もっと、子供達からその光を見て感じる言葉も聞く事ができたかもしれません、(無かったかもしれませんが、、)
それぞれ子供達が感じる気持ちを大切にしてあげれなかったかなぁと反省です、
大人が出過ぎた感じでした

久美子先生が言った事『キレイと言ってしまえば大人が決めてしまう事になる』やっと、理解出来た気がしました
目に見える行動を「待って見守る」と言う事は、例えばケンカとか、高い所に登っているとか、子供達がどんなふうに行動するか「待って見守る」それは目に見える事
でも、目に見えない『待って見守る』もある事を深く知りました、感性や、心は見えないでも、そこを言葉で決めつけてしまっては、子供の見えない感性や心の伸びを閉じ込めている事になるんだなぁと思いました。
大切に言葉は使わないといけないなぁと思いました
言葉を使わなくても良い場合もあるんだと、、、色々考えさせられました。
スタッフ/タカダ
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# by mugihause | 2011-01-23 15:05 | ピッコロスタッフ日誌

パン焼きの日

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ピッコロではパンを焼く日がある
前日、子供達がこねた生地を次の日の焼く
焼くには「火」がないと焼けない
スイッチを入れれば暖まるオーブンは無い、、、
「火」をおこす事が大切な事なのです
「火おこし」の時の子供達は本当に凄い!
今日は小さい棒を何本も交互に重ね
もの凄くキレイな形のたき火の形が完成した
芸術的〜〜〜と感動していたのですが、火は付かず、、、
残念〜!
子供達)『パチパチ君だ!!!』と言う事になり、子供達が山からパチパチ君を大量に拾ってきた
(パチパチ君とは、松の枯れ枝で、私も子供達に教えて貰ったのだがもの凄く良く燃える、焚付けにぴったりの物なのです)
大量にパチパチ君を入れ、その上に大きな丸太を何本も置いて
結局、大量のパチパチ君の威力で大きな丸太に火が付いて、パンを焼く火をおこす事ができたのだ!
本当はと言うか、、、(ウソも本当も無いのですが、、)
小さい木を焚付けの上に置いて小さい木に燃え移ったら、次に大きな木に付くと言う
そんな順番なんですが
本日は大量の「パチパチ君」の威力で大きな木に火が燃え移ったと言う
凄い事実!!
久美子先生も「それが知れてよかった!私も知らなかった」と言っていた
ちゃんと、子供の力を認めてくれている。
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# by mugihause | 2011-01-23 13:56 | ピッコロスタッフ日誌